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東京高等裁判所 昭和58年(く)323号 決定

少年 M・S子(昭三九・八・一六生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、少年提出の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は要するに、原決定の認めた覚せい剤所持の事実を否認し、原決定には重大な事実誤認があると主張するものである。

原決定の認定した本件非行事実は、「少年は、法定の除外事由がないのに、昭和五八年八月下旬ころ、新宿区○○○×丁目××番××号ニューライフ○○○九〇一号室において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶約一グラムを所持していた」というものである。ところで、原審記録によれば、少年は、昭和五八年九月一六日夕刻頃、それまで居住していた前記ニューライフ○○○九〇一号室から退去したのであるが、翌一七日午前一〇時三〇分頃、同室から、後に覚せい剤〇、〇二八グラムを含有するものと判明した「銀紙で含まれた白色結晶」二包、注射針、同ケース等が発見されたので、少年は同年九月三〇日覚せい剤取締法違反(覚せい剤の所持)の事実によつて逮捕されたこと、少年は逮捕時にはこの覚せい剤所持の事実を一たん認めたものの、まもなく否認に転じ、ついで再び全面的に自白するに至り、「この覚せい剤は同年八月末頃Aから新宿区○○町で一グラムを三万円で買い、自室に持ち帰り、二、三回使用しその残りを捨てたが、その捨てた分が右二包の覚せい剤である」旨供述し、この非行事実を肯定する態度は原審審判に至るまで変えず更生の決意を表わしていたこと、が認められる。しかるに、少年は、原決定後本件抗告に及び、自分はAから覚せい剤を買つたことはなく、したがつて本件覚せい剤所持の事実は身に覚えがない旨新たに主張するに至つた。そこで、原審記録と当審における事実調の結果とを併せて検討すると、少年がAから八月末頃覚せい剤一グラムを買い受けたことは、同人の司法警察員に対する供述や同人に対する処分結果(不起訴処分)等に照らし疑問である。しかし、少年が居住していた室から、その退去した翌日前記のように覚せい剤等が発見されたこと、少年以外にこれらの物を同室に遺留したと思われる者は全く存在しない状況にあることにかんがみれば、たとえ入手先は不明としても、少年が九月一六日頃前記九〇一号室で少くとも〇、〇二八グラムの覚せい剤を所持していた事実は厳として疑いを容れる余地はないといわざるをえない。してみると、原決定が少年の自白に基づきAからの買入れを前提として認定した前記非行事実中、その日時及び所持した覚せい剤の数量の点は証明十分とはいいがたく、本件で明らかなところは、少年が九月一六日頃前記九〇一号室において覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶約〇、〇二八グラムを所持していた事実にとどまるものと考えられる。したがつて、この限りにおいて原決定には一応事実の誤認があるというほかないが、しかし、この非行の日時、所持覚せい剤の数量が相違していることは、未だ少年の処遇決定を左右する程重大な認定の誤りとみる必要はなく、原決定の医療少年院送致の措置は十分是認できるところといわなければならない。論旨は結局理由がない。

よつて、本件抗告を棄却するものとし、少年法三三条一項、少年審判規則五〇条により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 市川郁雄 裁判官 萩原太郎 小田部米彦)

抗告申立書〈省略〉

〔参照〕原審(東京家昭和五八(少)一七八四五号 昭五八・一一・一五決定)

主文

少年を医療少年院に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、法定の除外事由がないのに、昭和五八年八月下旬ころ、新宿区○○○×丁目××番××号ニューライフ○○○九〇一号室において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶約一グラムを所持していたものである。

(法令の適用)

覚せい剤取締法四一条の二第一項、一四条一項。

(処遇の理由)

一 本件は、中等少年院を仮退院中の少年が、いわゆる妾生活をしつつ徒遊していた間に犯した覚せい剤使用の一環をなすもので、少年の非行性の進んでいることを窺せるに足るものである。

二 少年は、未熟児として出生し、祖父母が過保護に育てたこと、6歳からネフローゼ症候群のため入院生活が長かつたこと、一二歳の時祖母が死亡し、母がノイローゼ状態になつたこと、一三歳の時自殺企画をしていること、母は男性関係が多かつたこと、祖父がアルコール中毒で酒乱であつたこと、双生児の姉も非行に走つたことなど、生育歴、家庭環境に負因が多く、一五歳のころから暴走族との交際が始り、昭和五八年三月中学校を卒業後は水商売等を転々とするうち、いわゆるトルコ嬢となり、昭和五七年四月一六日、覚せい剤取締法違反により、中等少年院に送致された。

三 少年は、知的能力もやや低く(IQ八四)、愛情要求、依存欲求が極めて強く、自律性に欠け、社会適応力がないため、表面的に受容してくれる人に全面的に依存しようとする。なお、少年は慢性腎炎を病み、治療の必要がある。

四 少年の母は、精神状態が好ましくなく、少年との仲も悪く、保護者としての適性を欠く。

五 以上、本件非行内容、少年の非行歴、生育歴、家庭環境、性格、能力を総合すると特別少年院送致をもつて相当とするが、少年の身体の状況を考えて、医療少年院に送致することとする。

よつて、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条五項により主文のとおり決定する。

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